徳川綱誠関連エントリー

初秋能/紅葉狩

... 「名古屋能楽堂定例公演 九月初秋能 ~尾張の殿様が観た能 三代・徳川綱誠~」 <昼の部> ●仕舞/高砂(金春流) ●能/頼政(よりまさ)(喜多流) ●狂言/千切木(ちぎりき)(和泉流) ●能/紅葉狩(もみじがり)鬼揃(観世流) <夜の部 ...

初秋能/紅葉狩

徳川宗春の規制緩和

尾張藩の七代藩主徳川宗春は、芸どころ名古屋の礎を築いたお殿様。 父は尾張徳川家3代徳川綱誠、母は側室の梅津(宣揚院)。 この宗春は藩主に就任すると、自身で『温知政要』を書いて、『行き過ぎた倹約はかえって庶民を苦しめる結果になる』『規制を増やし ...

徳川宗春の規制緩和

vol.34 八代将軍 吉宗

... 家継(鍋松)) あべ 静江 (江島(美代)) 堀内 正美 (生島新五郎) 根上 淳 (徳川光友) 中村 メイコ (千代姫) 中山 仁 (徳川綱誠) 五月 みどり (本寿院) 八千草 薫 (宣揚院) 堤 真一 (徳川吉通) 羽賀 研二 (徳川継友) 吉川 十和子 (春日野) 新藤 ...

vol.34 八代将軍 吉宗

「温知政要」の話

尾張徳川家7代藩主であった徳川宗春公(とくがわ・むねはる、1696~1764)。 徳川宗春公は、3代藩主・徳川綱誠(とくがわ・つななり)公の子としてうまれ、尾張徳川家の分藩として奥州梁川藩主(現在の福島県伊達市)となりますが ...

「温知政要」の話

この日

... 誕生日 1652年 徳川綱誠 (大名,尾張藩主(3代)) [1699年6月5日歿] 1723年 三浦梅園 (思想家『敢語』『價原』『玄語』『贅語』) [1789年3月14日歿] 1894年 速水御舟 (日本画家) [1935年3月20日歿] 1903年 中野好夫 (評論家,英文学者) [1985年2月 ...

この日

徳川綱誠とは?

徳川 綱誠(とくがわ つななり、1652年9月4日(承応元年8月2日 (旧暦) 8月2日) - 1699年7月1日(元禄12年6月5日 (旧暦) 6月5日))は、尾張国尾張藩の第3代藩主。第2代藩主・徳川光友の長男。母は徳川家光の娘・霊仙院(千代姫)。正室は広幡忠幸の娘・新君(にいぎみ)。側室13名。官位は従三位。権中納言。
元禄6年(1693年)、父・光友の後を受けて藩主となった。しかし在位6年で急死し、後を九男の徳川吉通が継いだ。死因は苺による食傷と言われている。
※日付=旧暦
1657年(明暦3)4月5日、元服し、将軍徳川家綱の一字を賜って、綱義と名乗る。同日、従四位下に叙し、右兵衛督に任官。苗字を世良田と称する。

徳川綱誠の詳細